私の日記

毎日ひとつポジティブなことを書きたい。過去投稿あえて消さないけどは酷いので閲覧注意。プロフ絵はhttps://twitter.com/acharom032さん作 

孤独感

相入れない人間関係というものは結構あるもので、その原因の一つが相手を理解できないことによるものだと言われる。お互いが相手を理解しようとしていない場合も含む。

相手の心を少しでも理解できるなら一方的に否定することなんかできない。寧ろ同情さえしてしまうのが人間という生き物だ。もちろん完全に理解するのは難しく、お互い歩み寄りや努力が必要だが、価値観や思考が違い過ぎてどうしても相入れない場合がある。

 

私は昔からよく喧嘩をする人間で、「相手変わって主変わらず」なんて親に非難されたこともあったくらいだ。あの頃は思考が幼かったから仕方ないとして、不器用ながらも相手を理解し許そうとする気持ちを意識し始めて久しい今でも比較的頻繁に喧嘩をしてしまうのは生まれ持った人間性故なのだろうか。

その点には心当たりがあり、その一つがお医者でADHDの診断を受けたこと。医学サイトによるといわゆる一般的な人間とは生まれつき思考方法が違うのだそうだ。

このように書くと特別な能力のように思えるかもしれないが、思考が他人と異なることを利益に感じたことは正直一度もない。

しかしてそれを言い訳にすると甘えだなどと言われ、周囲からの風当たりがさらに強くなるのを知っている故、今更周囲に歩み寄りを求めたり(当然此方からも相手を理解しようとするのを前提とする)言い訳に使うつもりはない。しかしボロを出さないように人と長い付き合いをするのが難しいのは不便な性質だとは感じる。

 

虫に対して恐怖心を抱く人の理由に不潔感や異質なものへの恐怖心、行動を読めないことの恐怖心があると聞く。最後のひとつが私にも当てはまるのかもしれない。友達とゲームをするときなどに、変な行動や言動を指摘される。私からすれば自然なことでもわかってもらえないようだ。

そんな時、彼らは虫を見ている気分なんだろうか。私はそう言われても戯けて見せているが結構寂しさを感じる。

 

これらを避けようとするとどうしても相手に気を使うことが多くなり、心を許して会話をすることが難しくなってしまい孤独感を意識してしまうことがある。

最近だとあえてこの性質を自分の長所として受け入れて、一部隠さずにする手を試してみたが、やはりというか周りから変な奴だと見られてしまうらしく失敗に終わった。

 

私が真に心の平穏を感じるにはまだまだ努力が必要なようだ。